Nobuto Osakabe Photographer

vol.20 プラスチックと未来

外出自粛という状況のせいで、一切外食をしてない。元々小さな子どもがいるので、外で食事をする機会が少ない方ではあるが、かれこれもう2ヶ月くらいはご飯屋さんに行っていない。こんなことは初めての経験かもしれない。僕の大好きなあのラーメン屋さんは元気にやっているだろうか。女店長が作るあのラーメンは日本一美味しいと僕は勝手に思っている。ゴロゴロ野菜とひき肉にゆで卵が丸々1個入ったカレーが美味しいあの店も、皮が厚めでふっくらとした肉肉しい餃子屋さんも、大将は無愛想だけど味はピカイチなやきとり屋さんも、あのピザ屋さんもあの蕎麦屋さんも早く行きたいけどもう少しお預けかな。

外食ができないので毎日3食自炊をしている。たまにテイクアウトの食事をすることもあるけど、それも本当にたまになので、食事のレパートリーに苦戦する日々が続いている。家で食事となると、当然買い物に行かなくてはいけない。自粛当初は品不足とかあったけど、今はほぼ通常通りに稼働している。ただ1回の買い物の量が普段より多くなった。買い物に行く回数は変わらないので、一度に大量の食材を大きなエコバックが膨らむほどパンパンに詰め込んで自転車で帰宅する。大家族のお母さんみたいな状態だ。

そんな状態だから、当然家から出るゴミの量も増えた。でも気づいたことがある。それは、燃えるごみ、燃えないごみ、古紙の量はほとんど増えていないけど、プラスチックごみとペットボトルのごみの量が明らかに増えた。下手すりゃ倍になった。考えてみるとスーパーで買うものの98%くらいはプラスチックがどこかしらに使われている。テイクアウトの容器やカップもほぼ全てプラスチック製。少し前に話題になっていた『プラごみ問題』はコロナのせいでどこかに吹き飛んでしまったのか。2020年7月1日からレジ袋が有料になったり、プラスチック製の買い物袋を廃止にする企業が出てきたりしているけど、スーパーで売られている商品の包装の仕方が画期的に変わらないとプラごみは減らない。僕らがエコバックとかを使ってプラごみを減らそうとしていても微々たるものだ。消費者が変わるんじゃなくて、生産者やメーカーも大きく変わるべきだと僕は思う。子どもと散歩をしていて、子どもの視点で街を歩くと落ちているゴミがとても気になる。子どもはいちいち拾おうとするので、本当に嫌。タバコの吸い殻、空き缶やペットボトル、お菓子の袋。子どもが遊ぶ公園でもさえもよく見かける。捨てる方がもちろん悪いのだけど、ゴミになってしまうものを作る人たちも、もう少し考えてほしいと思う。今年1月に行ったインドでは街中がプラスチックごみだらけで、神聖な動物である牛がゴミをあさっていた。牛たちはプラスチックごみを食べてしまい、彼らの長い腸にプラスチックごみがパンパンに詰まり死亡してしまう事故が相次いでいる。去年行ったタイの海にも大量のプラスチックごみとペットボトルが落ちていた。あれでは、鼻にストローが刺さってしまう海亀やビニール袋を大量に飲み込んでしまう鯨など、海の生きものたちの事故は無くならない。日本海の沿岸にはアジアのごみが大量に流れついているし、東日本大地震の津波によって日本のごみがアメリカまで渡っていったこともある。
私たちのゴミのせいで、たくさんの動物たちが被害を受けている。皮肉にも新型コロナの都市封鎖や外出自粛によって経済活動がストップし、地球上の環境汚染が改善されている。 今、環境問題を考えるのもいい機会かもしれない。 コロナ後の新しい世界では、1年に一度経済活動をストップして地球に優しい1ヶ月を作ったらどうだろうか。世界中が1ヶ月同時に休む。その間、僕たちは環境について考える時間にする。1ヶ月くらい休んでも生きてはいける。それを踏まえて、残りの11ヶ月を働いたら良い。

そうでもしないと僕たちの孫やその子どもたちは、地球に住めなくなってしまうかもしれない。